認知症は、主に加齢によって引き起こされる脳の変性疾患であり、記憶、思考、判断力などの機能に影響を与えます。
認知症の周辺症状の1つに「脱抑制」があり、周囲の社会規範や倫理観を理解し、それに従う能力が低下してしまいます。
簡単に表すと「本能の赴くままに行動してしまう症状」であり、万引きなどの反社会的な行動や医療従事者へのセクハラ・暴力などにつながり得ます。
本人には困った様子がない上に、悪びれた態度を見せないことが特徴であるため、家族のショックは大きくなりがちです。
認知度は低いかもしれませんが、脱抑制についての知識と対処法を身に付けておくことは、超高齢化社会を生きる上で重要です。
今回は、私の経験談と一緒に解説していこうと思います。
前述したように、脱抑制とは、外的な刺激に対して衝動的に反応したり、内的な欲求を制御できなかったりする状態です。
その結果、万引きやセクハラ、性的逸脱行為、交通違反といった犯罪行為に至ってしまうこともあります。
本人には「悪いことをしている」との自覚がありません。
大半のケースでは、注意されても意に介さず、行動変容を促すのは至難の業です。
前頭葉機能の低下に起因すると考えられているので、「前頭側頭型認知症」でよく見られるとされています。(下図は診断基準です)
しかしながら、前頭側頭型認知症とアルツハイマー型認知症で、性的逸脱行為の出現率に有意差はなかったとする報告もあり、前頭側頭型認知症以外でも起こり得ます。
「脱抑制」による影響
1. 社会的影響
自分の近しい人が万引きやセクハラをする。
注意しても、全く悪びれない。
脱抑制は、もともとの性格などとは無関係に出現するため、そんな状況に陥ったら、きっとショックだと思います。
対策とアプローチ
ここからは私の経験談になります。
当直中に夜勤の看護師から「患者さんが暴れているので助けてください」と連絡が来ました。
どういうことかなと思いつつ病棟に上がると、「コラー、クソー」という叫び声が聞こえます。
病室を覗くと、ベット上に金剛力士像が如く看護師を威嚇するおじさんがいます。
看護師の一人はすでに暴力を受けてしまっていました。
「今からこの人を大人しくさせないといけないのか」と少し離れて見ていると、「先生、見ていないでどうにかして下さい」と背中を押されます。
流石にこのままではどうしようもないので、鎮静剤を打ちたいのですが、手元が狂う可能性がありました。
看護師は相当テンパっていたのか、ドクターより先に、なぜかご家族が呼ばれていたので、「少し危ないですが、こういった状況で注射を打ちます」と説明し、同意を得ます。
両手両足を押さえて、少し体動が収まったところで、患者さんの肩にジャンピング注射、しばらくすると大人しくなったので、ダメ押しに内服も追加しました。
叫び声はご家族にも余裕で聞こえていたので、後から「まさかうちの親父が、、」とやはりショックを受けておられました。
医療従事者からすれば、認知症はよく遭遇する疾患なので、対応にはある程度慣れています。
しかしながら、そうでない方々は自分の身内が将来こんなふうになると想像すらしていない場合がほとんどです。
今回解説した「脱抑制」の存在を把握したら、「その行動は、認知症が引き起こしているものだ」としっかりと認識することです。
それだけで、心理的な負担が多少は軽減されると思います。
ご意見やご感想、間違いのご指摘もお待ちしております。
おしまい。